ャョィの雑記

名前の由来は黄瀬やよいではありません、ご了承下さい。

創作における「萌え」傾向の是非

漫画にしろアニメにしろ、少し前から「かわいい女の子」が中心のモノが非常に多い。
別に中身が伴ってればそれでも良いと思うけど、そういったもの中には「出てくる女の子がかわいい、以上」って感想しか抱けないモノもちらほら。
おもしろいつまらないじゃなくて、完全に虚無。

特に今日はサブカルチャーに限らず、一般的にもそういった所謂「萌え」が浸透しつつある。
最近の出来事で言うと、例の献血ポスターとか。

別にあのポスターに関してセクハラだなんだとツイフェミみたいに言うつもりは毛頭ない。
ただそういった所謂「萌え傾向」ってあまりにも安直だなぁと思うし、恥も外聞もないとはまさにこの事だと思う。




そもそもそういう傾向が浸透してきたきっかけってなんだろう?
って考えてみると、やっぱり「オタク」って存在が昔に比べてライトなモノになってきたからだとは思う。

少し前まで「オタク」って言葉は、家に引きこもってアニメやアイドル、その他諸々に夢中の人種に対する蔑称として用いられることが大半だったんだけど。

それがある時期(明確な時期は分からないが、アニメで言うと恐らく3次声優ブームの中期辺り?)からアニメ技術の発展や声優兼アーティストの台頭によって、そういったサブカルチャーが一般メディアにも少しづつ進出するようになってきたのよね。

それによって「オタク」って存在も以前より世の中に認知されてきたってワケよ。

ただ「オタク」の地位が向上したと勘違いする輩も多く出てくるようになったんけど。
「オタクが経済を回してる!」とか「オタク文化は世界に評価されてる!」って平気で宣うヤツね。
まぁその話は今は置いておくとして。





そしてその「オタク」って人種は、不思議なことに一般人より多く金を落としがちなのよ。
ソーシャルゲームに課金しまくるヤツとか、握手会の為に同じCD何十枚も買いまくるヤツとか見れば明らかでしょ。

そしたら当然売り手側もそれに気づいて「オタク」をターゲットにした商業戦略を取るワケであって、じゃあどうしよう?ってなったときに売り手側はもうひとつ気づくワケよ。

「オタクって見る目無いよな」って事に。

スポーツや絵画、料理や車などなど。
一般的に「趣味」って呼ばれるモノには、費用の他にも予備知識や技術を要するモノが少なくない。

そういったモノがある中、何の知識も技術も要らない「オタク趣味」に飛び付く人間の程度が低く見られるのはある意味当然だよね。

要は最近の安直な萌え傾向って「見る目が無いけど金をよく落とすアホ」を引き込むための戦略なワケよ。

おまけに下手に趣向を凝らすよりそっちのが簡単と来たもんだ、そりゃそういった傾向が浸透するのも頷けるわな。





ただ結局そういう安直な所に頼った創作は深みの無い薄っぺらな内容にしかならないし、そういうペラペラの創作物にしか触れてない人間の感性なんてたかが知れてるよね。

つまり現状レベルの低い人間向けに作られた創作物によって消費者のレベルも下がっていき、更にそのレベルの下がった消費者向けに生産者は創作レベルを下げていく………。
っていう負の連鎖になってるワケ。

このループをどっかで止めないと、これからの発展もへったくれも無いですよねって事。





眠れなかったのでちょっと真面目(っぽい)事をつらつら書いてみました。
あくまでも一個人の意見ですので、ご了承下さい。
それでは、また